95’s(V&JIMIN)の”ごめんな”テレパシー|BTS『Cypher 4』和訳&考察

🌸はじめに

おはようございます、マユです💜

今日もブログを読みに来てくださってありがとうございます。おねがい

今回は、95’sの二人——V(テテ)とJimin(ジミン)——がInstagramで同時期に放った“赦しのテレパシー”をテーマに、

BTSの楽曲『Cypher 4』をもとに考察していきます。音符

テテが投稿したのは、KAWSデザインのセサミストリート人形。

そしてジミンが投稿したのは、“うつむく猫のような姿”。

どちらもまるで“謝っているように見える”不思議な投稿でした。

しかしそれは単なる謝罪ではなく、

「ごめんな」という言葉の奥にある“赦しと自己愛”のサイン。

この曲『Cypher 4』には、その真意が隠されています。音符

🪞1|V(テテ)とKAWSセサミ人形=「静かな赦し」

テテが投稿したのは、KAWSがデザインしたセサミストリートの人形。

手で顔を覆い、うつむくように立つその姿は——

まるで“沈黙の祈り”のようでした。

このポーズは悲しみではなく、「内観」を象徴しています。

外の喧騒を閉じ、内なる光と向き合う勇気。

『Cypher 4』の歌詞にある「KAWSのようにXして」というフレーズは、

まさにその沈黙の強さを暗示しています。

“X”=遮断ではなく“覚醒”。

「もう戦わない」という赦しのサイン。

テテはその人形を通じて、

「誰も責めず、ただ受け入れる」——

そんな“光の沈黙”を表していたのかもしれません。

🐱2|Jiminの“うつむく猫”=「無条件の愛」

一方、ジミンの投稿に登場した“うつむく猫のような姿”は、

「ごめんな」という言葉のもう一つの側面——“優しさの形”を示していました。

(※実際に猫を飼っているわけではなく、象徴的なイメージとしての猫です🐾)

ジミンはこれまで『Promise』『Like Crazy』などで、

「自分を赦す」「傷を抱えても愛を選ぶ」ことを歌ってきました。

『Cypher 4』の

“I love myself, I know myself”

というラインは、まさにその延長線。

猫の静かな姿はまるで、

「もう怒っていないよ。愛しているから。」

と語りかけているようです。

💜3|“ごめんな”=謝罪ではなく「赦し」

多くのARMYが誤解しがちなのが、この「ごめんな」のトーン。

これは自己卑下ではなく、**「自分を責めることをやめる勇気」**の宣言。

息をしていて、ごめんなさい

健康で、ごめんなさい

このラインには、

「存在しているだけで責められる」痛みと、

それでも“自分を愛して生き抜く”強さが刻まれています。

“ごめんな”は、“I’m sorry”ではなく、

“I forgive me”(私は私を赦す)なのです。

🕊4|DOG=GOD:「批判から神性へ」

俺の出す音は、誰かには犬の鳴き声に聞こえる

ここに込められているのは“DOG=GOD”という鏡写しの真理。

「他者に否定されることが、実は光に近づく道」だという逆説。

批判や誤解は、覚醒の前触れ。

テテとジミンの投稿は、**“光と影の統合”**を象徴していました。

🌸私の気持ち

『Cypher 4』は、翻訳も解釈も本当に難しい曲です。

数年前に訳していたときは、「KAWS」が何を意味するのか分かりませんでした。

でも今は、あの投稿の意味が少しだけ分かる気がします。

テテとジミン——95’sの二人が、同じ時期に“ごめんな”の波動を発したのは偶然ではなく、

**「赦し=愛=自己受容」**を示すためのテレパシー。

「放送します、ごめんなさい」

このフレーズは、**“真実の放送=光の公開”**を暗示しているのかもしれません。音符愛

🌟結論|『Cypher 4』=“ごめんな=赦しと自己愛”

VとJiminの投稿は、

BTSが長年伝えてきたテーマ「Love Yourself」の核心そのもの。

俺は自分を愛してる

お前も、自分を愛すべきだ

——その言葉を、今も静かに見せてくれたのだと思います。

皆さんはどう感じましたか?

コメント頂けると嬉しいです。ニコニコ

⭐️目覚めとは

“目覚め”とは、誰かを救いたいという心に気づくこと。

孤独を恐れず、祈りのように日々を歩む勇気を持つこと。

BTSの音楽は、“考える力”と“感じる心”を取り戻すための道しるべ。

どうか怖がらずに、光の中へ進んでください。

あなたの中には、すでに翼があるのだから。

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[Magic Shopの本より]

F「ゆるし:Forgiveness」

「ゆるし」は人間が他者に与えられる最高の贈り物だ。

そして、自分にとっても最高の贈り物だ。

怒りや憎悪を誰かに抱くことは、誰かを殺すために自分が毒を飲むようなものだ。

絶対にうまくいかない。

それは自分を毒することになる。

他者との歓迎も毒される。

世界への見方も毒される。

結局それは、自分を牢屋に閉じ込め、鍵を持っているのに開けようとしないようなものだ。

人はみな、はかなくもろい存在で、人生のいろいろな局面で、自分の意に反して、誰かを傷つけたり苦しめたりしてしまう。

愛が欲しいなら、愛を与えなければならない。

喜びが欲しければ、他人を喜ばせなければならない。

ゆるしを得るには、ゆるさなければならない。

平和が欲しければ、自分の周りに平和を生み出さなくてはならない。

バンタンの思いが届きますように🙏✨

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